さいなほしの日記

日常のこと。ムサビ通信、映画・本・美術・音楽・観劇など。

映画『首』の感想(ネタバレあり)

 とても面白かった。1日経っても満足感と余韻が続いていた。

 テンポが良く観ていて気持ちよい。画面は全然気持ちよくない、グロいし汚いし濃いし。でも鑑賞後の感覚としては気持ちよかった。ここ十年、毎年15本程度を映画館で観ているが、映画を観た後にこんな感覚になるのは初めてだった。緩急と間、緊張と抜け感が絶妙。北野武が芸人として長年生きてきたからこそ、このような間の読み方、ストーリーの組み立て方、映像の切り替えをすることができたのだろう。

 北野武が監督として指揮者のように映画全体、俳優全員をまとめている感じ。俳優のアンサンブル、という言葉が浮かんだ。俳優全員が楽しそうだった。楽しい話じゃないのに、楽しい場面じゃないのに、演じているのが楽しいんだろうなというのが俳優の目から伝わってきた。映画ファンとして出演している俳優が楽しんでいる姿を見れて嬉しかった。

 西島秀俊、いい役者だ。以前はいつも同じ演技だなと感じてたけど、ドライブマイカーからいい役者なんだなと分かるようになった。西島さんが美形なので、信長と村重との情と利害で結ばれた三角関係に説得力が増していた。

 そして加瀬亮が演じる信長が良かった。全然かっこよくなくて、めちゃくちゃ嫌なやつで、とても良かった。これまで織田信長は大抵の場合、格好良く描かれてきた。魔王のような横暴さがあるけれどカリスマ性を備えその魅力に人々は抗えない、みたいな。でも今作は違う。ただただ嫌なやつ。傍若無人、お山の大将、チンケなヤンキー、なのに絶大な権力を持っている。そのキャラクター造形が面白かった。

 戦国時代、男色が武士の間で普通のことだったのは歴史的事実として多くの人が知っていると思うけど、実際にその時代にどのような関係だったのかは誰も知らないわけで。タイムスリップでもしない限り確かめようがない。今回の描写は北野武なりの男色の解釈として受け取った。そして、武士の忠義というものについては現代人には全く理解不能な概念。小説などで忠義ってこういうことなのかなというイメージは持っているけれど、現代人に理解できるわけがない。今作は肉体関係があることを見せることで、武士の間の忠義と利害関係と情が合わさった結び付きを分かりやすく観客に伝えられていたと思う。

 戦のシーンが全然綺麗じゃなくて格好良くもなかったのも良かった。汚くてのろのろしててぼろぼろ。実際に当時戦っていた人は農民が多いから戦闘訓練なんか受けてないのでこんな感じだったんだろうな。その対比として戦闘の専門職の忍や護衛隊のかっこよさ。短いシーンでも俳優の力と演出の仕方によって有能さがすぐに分かった。桐谷健太服部半蔵がすごくかっこよかった。絶対強いだろこの人というのが少しの動きだけで伝わってきた。

 北野武の監督作品はこれまで観たことがなく、今作が初。現代アートを観た後と似た感覚になった。コメディとして笑えるシーンは私にとってはそんなになかったけど、映画としてとても面白い作品だった。

2023年12月鑑賞

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